HONYAKUMANの後悔と未来

2024年41歳本厄。事業失敗、妻に愛想を尽かされた男。後悔と愛情と恨みと悲しみの渦の中のおはなし。

問題の原因

 

問題の原因


叔母はまず借金や負債の整理をしようと言って来た

私は7年間にもかけ増やし、隠し続けて来た負債の記された

書類、ここ1年間ほどは何も手をつけれなかった未開封の書類を

紙袋2袋分ほど叔母に預けた。

真面目で責任感と情深い叔母はそれを持ち帰り、毎日できる限り

叔母の家に寄る様にと言った。

私は次の日から近くにある叔母の家に寄る様にした。

すべての収入と借金の管理を叔母に託す私は叔母が

必要な生活費を私の嫁に預け、私は毎日、できる限りの事業と

夜間の警備のアルバイトを続けた。

AM6:30に目覚め、AM8:00に子供達を送り出し、日中業務を行い、PM3:00に子供達を出迎え、PM5:00に警備のバイトへ向かう。

個人事業をしていると全ての時間が自分の責任によって管理できると言う事が何よりも良いと思っていた。

子供達の行事には夫婦揃って参加できるし、子供達と過ごしたい時は時間を調整できると言う事で頑張ろうと始めた事業だった。

その「自由」は3年ほど前から既に借金する為、借金を隠すために多く使われていた。


本来あるべき姿を完全に見失っていた。

 

まず、叔母が私に言ったのは「生活の質を高めなさい」と言うことだった。

「夜は寝て、食事はしっかりとる事、あなたが正常な判断を取れなかった原因はそこにある」と言われた。

私はその時はもう隠し事をする必要がなくなった状態だったので叔母に

「カウンセリングを受けてみたい、僕はどうやったらお金を借りられるか、どうやったら嘘がバレないか、今でもCMを見るたびにそう思う。その考えが体と心に染み付いている」

と相談した。

親身になり考えてくれる叔母は叔母の友人関係を通して「精神病院」を紹介してもらい

そこへ予約を取ってくれた。

 

 


 

 

破綻

破綻


ついにカードの引き落とし日の1月10日になった。

私は借金のための借金、すべての口座に入っているお金を集めた。

なんとかカードの引き落とし金額20万円には足りたがすでに

限界を越えていた私の家庭の経済状況は崩壊した

私はこれまで隠して来た状況を話した。

事業がうまくいかなかった時にそれを隠したがために、

そのための生活を続けて来たことを告げた。

数日後、その話を聞きつけた母や叔母が駆けつけた。

私は今の状況では自己破産しかないこと、この様になった理由は

ただ私の考え方によるものだと、すべて私の考えが招いた結果だと

謝罪した。

叔母は「私があなたの借金を管理する。自己破産はいつでもできる。これからできるところまで返済するのが自分のためになると」私に言った。

私は自分には今は何も隠すものがないという安堵と崩壊してしまった経済状況に

ただただ叔母の考えに従うしかなかった。なぜなら私が今まで考えて行動して来たことは

異常でしかなかった為だ。

 

 

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絶望


妻は「子供達のクリスマスのプレゼントを(妻の)クレカで買っていい?」

と聞いてきた。

私はいつものように「いいよ」と答える。

1月分の支払いの当てもないのに、、

妻のクレカでなんとか12月は生活できた。

問題は年始の親戚の集まりだ、、

そのお金も捻出できない私はただ黙るしかなかった

惨めで情けない時間だった。

妻は形だけでもと少ない金額をお年玉袋にいれてくれた。

私の頭の中はもう思考回路を停止するしかなかった。

毎月10日の生活費に渡す金額はいつもながらケータイ代合算払いも

含めて+10万円。

もちろん隠している借金は滞納、市県民税も滞納、家庭裁判所からの通知も複数来ている状態だった。

それに加えて事業の少ない入金分は60万円近く前倒しで支払いしてもらっていたので

入金予定は全くなかった。

私は仕事をすると出かけては借りられるローンも無くただ途方にくれ

老人の家に押入れば、、、なんとかお金を作らなければ、、、

ただその様なことをひたすら頭の中で浮かべては現実に戻り、浮かべては現実に戻り

繰り返していた。

そうしている間にも家庭にお金を入れる最終期日(妻のカードの引き落とし日)の10日

が迫っていた。

 

 

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金銭の苦境と隠された借金

2023年12月、ガソリン代さえもままならなかった。

小銭を集めガソリンを数リットル入れる日もざらだった。

7月ごろに私のクレジットカードは使えなくなっていた。

後払いサービスも初期与信の5000円〜15000円のものを複数利用して

その返済さえもままならない状態だった。

今思えばその7月ごろに妻に正直に話していれば少し違った未来になって

いたのかもしれない。

ただ私は強がることしかできなかった。

7月ごろからは家庭に入れるお金をほぼ借金で賄っていた。

足りない分はケータイ電話の合算払いの分を現金化していた。

例えば5万円足りない時は合算払いの7万円を現金化しようとすると大体80%前後

になる。5万6千円の現金を手元に得るというなんとも無謀な生活をしていた。

ただ当時は「そうする事しかできなかった」のだ。

ただ翌月のケータイ電話の支払いは通常料金に加えてその分が上積みされて

請求されるのでただその場しのぎにしかならない事も受け入れるしかなかった。

妻や周りには「大丈夫」「なんとかなる」と言い、私は必死に借金を隠した。

 

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